Vincomセンターの横にあるオープンカフェ。平日にも関わらず、沢山の利用客が其々の話で盛り上がって居た。僕はカフェラテと灰皿を受け取り、隅にある空いたテーブルに座る。


このカフェは彼女と待ち合わせるいつもの場所だ。意味もなく辺りを見渡し、大きく息を吐き出すとタバコを咥え、火を付ける。心なしかタバコを挟む指が震えているように感じた。


これからどんな事が起こるのか。彼女はいつものように笑って僕に巻き付いて来るのか。それとも・・・



押しつぶされそうな緊張感で胸の鼓動が高まる。徐ろにボディバッグを開けて小説を取り出した。しおりの部分を開き、ストーリーの途中から読む。余り内容が頭に入らないがそれでもぼーっとしてるよりもマシに思えた。


待ち合わせ時間から20分が過ぎた頃、目の前の椅子に人が座る気配がして顔を起こす。そこにはメガネを掛けた彼女が居た。



「久しぶり」


「うん・・・」


彼女の浮かない表情が直ぐに目に飛び込んできた。


「どしたの?」


「ううん・・なんでも無い・・」


明らかにいつもと違う態度。それを認識した僕の鼓動は再び高まる。


「私、目が悪くなってね。メガネするようになったの」


「え?そうなの?」


明らかに僕の知らない情報が入って来る。そしてお互い会話が止まる。



彼女は赤いワンピースに黒いベッコウで作られた首輪をしていた。いつものピンクや水玉模様ではなく、随分大人びて見える。


髪型も日本の女の子のように巻き髪で薄っすらと茶髪になっていた。



「ちょっと待ってね」



彼女はスマホをバックから取り出すと誰かからの電話らしく、席を立って奥の方へ歩む。恐らく日本人からの電話だろう。ベトナム語がわからない僕にわざわざ席を立つ必要なんか無い。過去、電話で席を外す事なんか殆ど無かったのだ。



やばい、やばい、やばい・・・この展開はやばい・・



彼女が席に戻ると何か言いたげで言えないような、なんとも言えない仕草をする。



「なんでも言っていいよ。正直に言ってくれたらそれでいいから・・」


「あ・・・あのね・・・私、新しく店(カラオケ店)を開いたの・・」


「え?・・・」



時が止まった。彼女の言った言葉が理解できない。


「み、店?」


「うん、新しく店を開いたから忙しかった」



ば、バカな・・・たかだか就職して4ヶ月で店なんか開けるわけないだろ・・・



一番考えたくない展開が頭に湧いてくる。そう、パトロンの存在だ。僕の唇はワナワナと震え、変な引力で顔が引きつるのがわかる。



「お、お金はどうしたんだ?」


「全部親が出したよ」


「え?・・・」



確か親ってもう定年で働いていないだろ。しかも俺が一年前に学費が払えないと泣きつかれ、一部肩代わりした事だってあったのに・・



彼女は完全に嘘を言っている。



「それでね。今日もお店があるから一緒にホテルにはチェックイン出来ないの」


「なんで?お店終わったらホテルに戻ればいいじゃん」


「明日はホテルの仕事が朝早いし、警察に出すお店の資料を書かなきゃいけないの」


「・・・・」


「あ、チェックインだけならいいよ?でも直ぐにお店に行く」



とにかく、彼女と話がしたかった僕は彼女とホテルに向かった。